事業者・労務管理担当の方のQ&A

賃金

月例賃金や賞与・退職金の支払方などは、労基法等で規制されているのでしょうか?

月例賃金や賞与・退職金等の賃金の支払方については、労基法24①において、(1)通貨で、(2)直接労働者に、(3)全額を、同条第2項において(4)毎月1回以上、(5)一定の期日を定めて支払わなければならないと規定されています(賃金支払の5原則)。なお、以下の例外規定があります。

  • (1)通貨払の原則の例外(労基法24①但書)
    • ●法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合
    • ●「厚生労働省令で定める賃金」について「確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるもの」による場合
  • (2)全額払いの原則の例外(労基法24①但書)
    • ●法令に別段の定めがある場合
    • ●労使の自主的協定がある場合
  • (3)毎月払及び一定期日払いの例外(労基法24②但書)
    • ●退職金のような臨時に支払われる賃金
    • ●賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令に定める賃金
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通貨払の原則・例外

  • (1)通貨払の原則
    • ⅰ)趣旨
      通貨払の原則は、貨幣経済の支配する社会において最も有利な交換手段である通貨による賃金支払を義務付け、これによって、価格が不明瞭で換価にも不便であり、弊害を招くおそれが多い実物給与を禁じたものです。
    • ⅱ)賃金の銀行口座への振込み
      労基則7条の2①では、「使用者は、労働者の同意を得た場合には賃金の支払について当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込みによることができる」とされています。
      賃金を口座振り込みにより支払う方法は、次の要件を満たさなければなりません。
      • ①労働者の同意があること
      • ②労働者が指定する本人名義の預金又は貯金の口座に振り込まれること
      • ③振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日に引き出し得ること
    •   また、平成10年の労基則改正により設けられた労基則7条の2②では、証券会社の一定の要件を満たす預り金である証券総合口座への払込みによる賃金の支払も認められることとなりました。
      この同意については、労働者の意思に基づくものである限りその形式は問わないものであり、指定とは、労働者が賃金の振込み対象として銀行その他の金融機関に対する当該労働者本人名義の預貯金口座を指定するとの意味であって、この指定が行われれば同項の同意が特段の事情のない限り得られているものと解されます。なお、振込みとは、振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日に払い出し得るように行われることを要するものです(昭63.1.1基発第1号)。
    • ⅲ)賃金の小切手による支払い
      賃金の小切手払いは、小切手が我が国の現状では必ずしも一般に普及している支払手段とはいい難く、これを受け取った労働者に若干の不便を与えるものであり、さらに、会社の振り出す小切手は不渡となるおそれもあることを考えると、賃金全般について、振出人を特に限定せずに小切手等の交付による支払いを認めることは、適当ではないとされています。
    • iv)賃金のデジタル払い
      労働基準法施行規則が改正され、令和5年4月より、労働者の同意を得た場合に賃金のデジタル払いが認められることとなりました。賃金のデジタル払いとは、使用者が労働者に対して、賃金を指定資金移動業者(●●payなど)の口座にデジタルマネーで支払うことをいいます。
      使用者が賃金のデジタル払いを開始しようとする場合には、必要事項について労使協定の締結が必要です。また、デジタル払いのほかに、銀行口座等への支払いもあわせて選択肢として提示した上で、労働者の同意を得なければなりません。
      なお、賃金のデジタル払いは、従来の銀行振込み等の賃金支払い方法と並ぶ選択肢の一つであり、デジタル払いを強制してはならないことに留意が必要です。
  • (2)通貨払の例外―実物給与支払いが許される場合
    • ⅰ)法令
      法令には、法律、政令及び省令があります。
    • ⅱ)労働協約
      労働協約とは,労働組合法でいう労働協約のみをいい、労働者の過半数を代表する者との協定は含まれません。なお、労働協約の定めによって通貨以外のもので支払うことが許されるのは、その労働協約の適用を受ける労働者に限られます(昭63.3.14 基発第150号・婦発第47号)。
    • ⅲ)厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合
      退職手当については、その額が高額になる場合があり、現金の保管、持ち運びに伴う危険を回避する必要が認められること及び銀行振出し小切手等による支払は確実であること等から、労基法24①ただし書(「厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合」)に基づき、使用者は、労働者の同意を得た場合には、退職手当の支払について、次の方法によることができると定められています(労基則7条の2②)。
      • a 銀行その他の金融機関よって振り出された当該銀行その他の金融機関を支払人とする小切手を当該労働者に交付すること。
        ⇒具体例:金融機関の自己宛小切手
      • b 銀行その他の金融機関が支払保証をした小切手を当該労働者に交付すること。
        ⇒具体例:金融機関の支払保証小切手
      • c 郵便為替を当該労働者に交付すること。
        ⇒具体例:郵便為替
    •   上記の「同意」とは、労働者の意思に基づくものである限りその形式は問わないものであり、また、「その他の金融機関」とは、小切手法ノ適用ニ付銀行卜同視スベキ人又ハ施設ヲ定ムルノ件(昭和8年勅令第329号)により小切手法 (昭和8年法律第57号)の適用につき銀行と同視されるもの(例えば、郵便局、信用金庫、信用協同組合、農業協同組合、労働金庫等)をいう(昭63.1.1基発第1号)。

直接払の原則・留意点

  • (1)直接払の原則
    • ⅰ)趣旨
      直接払の原則は、親方、仲介人、代理人など第三者による賃金の中間搾取を排除し、労務の提供をなした労働者本人の手に賃金全額を帰属させるため、労働者本人以外の者に賃金を支払うことを禁止するものです。
    • ⅱ)代理人等への支払い
      労働者から委任を受けた代理人や法定代理人に賃金を支払うことはできません。また、賃金債権が第三者に譲渡された場合も、使用者は譲受人に賃金を支払うことはできず、本人に支払わなくてはなりません(最三小判昭和43・3・12事件民集22巻3号562頁)。
  • (2)留意点
    • ⅰ)使者に対する賃金支払
      直接払の原則は、中間搾取を排除し、労務の提供をなした労働者本人の手に賃金全額を帰属させるため、労働者本人以外の者に賃金を支払うことを禁止するものですが、使者に対して賃金を支払うことは差し支えないものとされています(昭和63年3月14日付け基発第150号)。
      使者であるか否かを区別することは実際上困難な場合もありますが、社会通念上、本人に支払うのと同一の効果を生ずるような者であるか否かによって判断することとなります。
    • ⅱ)差押え
      賃金が民事執行法や国税徴収法などの法律に基づき差し押さえられ、差押債権者が取立権限を取得した場合には、差押債権者に支払ってもよいと解釈されています。
    • ⅲ)派遣労働者に対する賃金支払
      派遣中の労働者の賃金を派遣先の使用者を通じて支払うことについては、派遣先の使用者が派遣中の労働者本人に対して派遣元の使用者からの賃金を手渡すことだけであれば,直接払の原則には違反しないとされています(昭61.6.6 基発第333号)。

全額払いの原則・例外

  • (1)全額払の原則
    全額払の原則は、賃金の一部を支払留保することによる労働者の足止めを封じるとともに、直接払の原則と相まって、労働の対価を残りなく労働者に帰属させるため、控除を禁止するものです。
  • (2)全額払の原則と相殺禁止
    労基法24の全額払の原則は相殺禁止の趣旨も含まれているので、たとえ使用者が労働者に対して損害賠償請求権があったとしても、それを賃金と相殺することはできません。労働者への損害賠償請求は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、損害賠償を請求できると考えられます。
    実際に損害が発生しているのであれば、賃金は支払った上で労働者に民事的には損害賠償の請求することができます。
    • ●関西精機事件(最(2小)判昭31.11.2民集10巻11号)
      要旨 使用者が労働者の債務不履行を理由とする損害賠償債権を自働債権として労働者の賃金債権と相殺することは賃金の全額原則違反として許されない。
      https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/00956.html
    • ●日本勧業経済会事件(最(大)判昭36.5.31民集15巻5号)
      要旨 使用者が労働者の不法行為を理由とする損害賠償債権を自働債権として労働者の賃金債権と相殺することは賃金の全額原則違反として許されない。
      https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/00960.html
    • ●茨城石炭商事事件(最(1小)判昭51.7.8判例時報827号52頁)
      要旨 労働者が追突事故を起こして運転していた車両と追突の相手方の車両を損傷させたために会社が支払った修理費等を労働者に請求した事案で、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、」損害賠償を請求できるとして、実損害額の4分の1の限度での損害賠償が認められた。
      https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54209
    • ⅰ)過払賃金の清算のための調整的相殺
      過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期に、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれのない場合には、全額払い原則違反とは言えない。
      • ●福島県教組事件(最(2小)判昭44.12.18民集23巻12号)
        要旨 過払賃金の清算のための調整的相殺は、過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期に、予め労働者に予告されるとか、その額が多岐にわたらないとか、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれのない場合には、全額払い原則違反とは言えない。
        https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/00976.html
      • ●群馬県教組事件(最(2小)判昭45.10.30判時613-89)及び福岡県教組事件(最(1小)判昭50.3.6判時778-100)
        要旨 上記福島県教組事件の基準に基づき相殺時期が遅いことを理由に違法とした。*群馬県教組事件では3~5か月後、福岡県教組事件では3か月後の賃金との相殺
        https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/00977.html
    • ⅱ)自由意思に基づく相殺の合意
      労働者がその自由な意思に基づいて相殺に同意をしたと認めるに足りる相当な理由が客観的に存在するときには、相殺の合意も有効である。
      • ●日新製鋼事件(最(2小)判平2.11.26労働判例584号6頁)
        要旨 賃金全額払いの原則には相殺禁止も含むが、労働者がその自由な意思に基づいて相殺に同意をしたと認めるに足りる相当な理由が客観的に存在するときには、相殺の合意も有効である。
        https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/05497.html
  • (3)全額払の例外
    • ⅰ)法令に別段の定めがある場合
      一部控除を認めた法令には、給与所得に対する所得税等の源泉徴収を認める所得税法183条及び地方税法321条の5、保険料の控除を認める健康保険法167条、厚生年金保険法84条、労働保険の保険料の徴収等に関する法律31条の規定などがあります。
    • ⅱ)労使の自主的協定がある場合
      事業場の過半数で組織する労働組合または過半数を代表する者との協定がある場合は、賃金の一部を控除して支払うことができます。例えば、社内預金、購買代金、組合費等について労使協定があれば、賃金から控除することができます。

毎月払い、一定期日払いの原則・例外

  • (1)毎月払の原則は、賃金支払期の間隔が開き過ぎることによる労働者の生活上の不安を除くことを目的としており、一定期日払の原則は、支払日が不安定で間隔が一定しないことによる労働者の計画的生活の困難を防ぐことを目的としています。
  • (2)例外
    • ⅰ)臨時に支払われる賃金
      「臨時に支払われる賃金」とは、「臨時的、突発的事由にもとづいて支払われるもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するもの」をいうとされています(昭22・9・13発基第17号)。
      就業規則の定めによって支給される私傷病手当(昭26・12・27基収第3857号)、病気欠勤又は病気休職中の月給者に支給される加療見舞金(昭27・5・10基収第6054号)、退職金等が臨時に支払われる賃金です。
    • ⅱ)賞与
      「賞与」とは、「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」をいい、「定期的に支給されかつその支給額が確定しているものは、名称の如何にかかわらず」賞与とはみなされません(昭22・9・13 発基第17号)。
    • ⅲ)厚生労働省令で定める賃金
      臨時に支払われる賃金及び賞与以外で毎月1回以上一定の期日を定めて支払うことを要しない賃金として、次の3種の賃金が定められています(労基則8)。
      • ①1カ月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
      • ②1カ月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
      • ③1カ月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給又は能率手当
    •   ①~③の各賃金は、賞与に準ずる性格を有し、1カ月以内の期間では支給額の決定基礎となるべき労働者の勤務成績等を判定するのに短期にすぎる事情もあり得ると認められるため、毎月払及び一定期日払の原則の適用を除外していますので、これらの事情がなく、単に毎月払を回避する目的で「精勤手当」と名づけているもの等はこれに該当しないことはもちろんです。しかし、③の賃金については、生産量の測定は月々可能ですが、例えば天候又は動力等の関係で月々の生産量に変動があり、その変動を比較的少なくするため1カ月を超える期間を計算期間とする奨励加給等は含まれます。
  • 厚生労働省法令等データベースサービス
  • e-Gov