事業者・労務管理担当の方のQ&A

雇用契約

緊張感を持って仕事に臨めるように、不良品1個に付き材料費相当額の100円を給料から天引きすると内規に定めていますが問題ありませんか?また、その定めに従い実際に徴収した場合はどうでしょうか?

ご照会のような内規の定めは、違約金の定め、損害賠償の予定の禁止に反して無効になります(労基法16)。また、給与から天引きすることは、賃金の全額払いの原則に反することになります(労基法24①)ので、実際に徴収することも認められません。
使用者が労働者の故意または過失により自ら被った損害を回収したいのであれば、実際に被った損害額について労働者に請求できるだけであり、その場合であっても全額請求できるとは限らず、信義則による制限を受けることがあるとされています。

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一方的控除の禁止、賃金の全額払いの原則

賃金はその全額を支払わなければならないと定められており(労基法24①)、一方的な控除は原則禁じられています。
一方的な控除が認められる場合としては、ⅰ税金・社会保険料の源泉徴収をする場合(労基法24①)、ⅱ賃金控除協定を締結している場合(労基法24①)、ⅲ裁判所から差押え、仮差押え、転付命令が送付された場合、ⅳ相殺合意が存在している場合、ⅴ過払いの相殺の場合で、時期が接着し、金額が相当な場合(原則として賃金支給額の4分の1以下)等があります。
ただし、労使間の合意によって相殺する相殺契約は、労働者の完全な自由意思によるものである限り、全額払の原則によって禁止されるものではないとした裁判例があります。
例えば、使用者が労働者の退職時に退職金の支払いに際し、自己の貸付金及び銀行からの借入金の各残存金額を控除して支払った場合、労働者の同意に基づいて支払ったとして各請求権と労働者の退職金支払請求権とを相殺することができるとし、さらに、その相殺における労働者の同意は、本人の自由な意思に基づいてなされたものであると認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきであるとされた日新製鋼事件(平2.11.26最二小判)があります。
また、相殺ではありませんが、退職金の引き下げについての同意につき、労働者が、形式的には同意していたと見られても、自由意思をもって同意したと見られる合理的な理由が客観的に存在するか否かを問題にした山梨県民信用組合事件(平28.2.19最二小判)があります。

信義則による制限

労働者に損害賠償義務があるかどうかは、労働者が、通常求められる注意義務を尽くしたか否か、つまり過失があったか否かによることになり、労働者に重大な過失や故意がある場合には、損害賠償義務を負うことになります。
労働者の負担割合がどの程度となるかは、事案によりますが、判例は、事業の性格、規模、施設の状況、労働者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、使用者は、労働者に対して賠償の請求ができると述べています。

  • 【参考となる裁判例】
  • ①茨城石炭商事事件(昭51.7.8最高裁第1小法廷判)
    https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54209
    要旨 石油等の輸送及び販売を業とする使用者が、業務上タンクローリーを運転中の被用者の惹起した自動車事故により、直接損害を被り、かつ、第三者に対する損害賠償義務を履行したことに基づき損害を被つた場合において、使用者が業務上車両を多数保有しながら対物賠償責任保険及び車両保険に加入せず、また、右事故は被用者が特命により臨時的に乗務中生じたものであり、被用者の勤務成績は普通以上である等判示の事実関係のもとでは、使用者は、信義則上、右損害のうち4分の1を限度として、被用者に対し、賠償及び求償を請求しうるにすぎない。
  • ②東京保健生協診療所事件(昭47.1.27東京地裁判)
    https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/00980.html
    要旨 賃金債権と使用者が労働者に対して有する債権とを,労使間の合意によって相殺すること(相殺の予約ないし相殺契約)は,それが労働者の完全な自由意思によるものである限り,労働基準法第24条第1項の定める賃金の全額払いの規定によって禁止されるものではない。
  • ③日新製鋼事件(平2・11・26最二小判)
    https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/05497.html
    要旨 労働者が、会社の担当者に対し銀行からの各借入金の残債務を退職金等で返済する手続を執ってくれるように自発的に依頼しており、本件委任状の作成、提出の過程においても強要にわたるような事情は全くうかがわれず、右各精算処理手続が終了した後においても会社の担当者の求めに異議なく応じ、退職金計算書、給与等の領収書に署名押印をしているのであり、また、本件各借入金は、いずれも借り入れの際には抵当権の設定はされず、低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとに労働者が住宅資金として借り入れたものであり、それらの借入金については従業員の福利厚生の観点から利子の一部を会社が負担する等の措置が執られているなど、労働者の有利になっており、同人においても、各借入金の性質及び退職するときには退職金等によりその残債務を一括返済する旨の各約定を十分理解していたことがうかがえるのであって、右の諸点に照らすと、本件相殺における労働者の同意は、同人の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきである。
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