目次目次

しっかり学ぼう!働くときの基礎知識

働くときの権利と義務

Q1双務契約

質問する女性質問する女性

Q「働く人」「雇う人」の間には、どのような権利と義務が発生するのでしょうか?

回答する男性回答する男性

A正社員は言うまでもなく、アルバイト・パートタイマー・嘱託社員・契約社員・派遣社員などその呼び名にかかわらず、雇われて指揮命令されて働く人を「労働者」、労働者を雇って指揮命令する人を「使用者」といいます。

労働契約を結んだつもりはなくても、また、書面で約束などしていなくても、使用者の指揮命令を受けて働き、使用者から賃金を受け取ることとした場合には、労働者と使用者との間で労働契約を結んだこととなります。労働契約を結ぶことによって、労働者は労務を提供する義務などを負い、使用者は約束した賃金を支払うなどの義務を負うこととなります。

労働者が労務を提供しない、あるいは使用者が賃金を約束どおり支払わないことはいずれも契約に違反したこととなり、使用者は刑事罰に問われることや、労働者・使用者ともに、相手方に生じた損害を賠償する責務を負わなければならないことがあります。このほか、労働契約を結ぶことに付随して、労働者が負うと考えられている義務と使用者が負うと考えられている義務のうち主なものについて、Q2以降で解説します。

労働契約を結ぶことによって
お互いが義務を負います(権利も手にします)。

労働者は使用者に労働を提供、使用者は労働者に賃金を支払う

Q2誠実労働義務

質問する女性質問する女性

Q出勤してさえいれば、働いていることになるのですか?

回答する男性回答する男性

A労働者には労働契約に基づき労務を提供する義務があります。しかし、単に出勤しさえすれば良いというわけではありません。 職場の上司や同僚と上手くやっていくためには、就業規則など職場のルールは守らなければなりません。また、徹夜で遊んだ結果、仕事に身が入らず、居眠りばかりしていたのでは、労務を提供していないと言われても仕方ありません。

労務の提供は、労働契約で決めた「債務の本旨」に従ったものでなりません。例えば、判例では、労働契約上では「外勤営業」なのに、外勤を拒否していくら内勤をやっていても、債務の本旨に従った労務を提供したとはいえないとされています。
水道機工事件 最高裁一小 S60.3.7

労務の提供=労働契約で決められている「債務の本旨」に従う

また、身なりについて制限される場合があります。髪や髭、服装・化粧などは本来、個人の自由であるべきものと考えられていますが、だからといって仕事中にどんな格好をしていても許されるというものではありません。例えば、制服が作業の安全性・効率性などを考慮して定められている場合に、私服で勤務したいと言ってもおそらく認められることはないでしょう。また、接客業や食品製造などに関わる人が髪や髭を伸ばしっぱなしにしていれば顧客に不愉快な思いを与えることがあるだけでなく不衛生でもあり、仕事に差し支えることがあるでしょう。

このように髪型や服装などを制限することに合理的な理由があれば、就業規則等によって制限を加え、これを守らない労働者を処分したとしても適法とされることがあります。ただし、就業規則に何ら定めていない、または定めていても合理性を欠くような内容である場合には、使用者が労働者の髪型や服装などを制限するのは困難ということになります。

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過去の裁判例でみると、

① 就業規則で禁止されている髭を生やし、命じても剃らないため下車勤務にされたハイヤー運転手
イースタンエアポートモータース事件 東京地裁 S55.12.15

② 髪を切れ、髭を剃れと指示されても従わなかったので賃金カットや担当職務を差別されたという郵便局職員
郵便事業(身だしなみ基準)事件 大阪高裁 H22.10.27

の事案では、いずれも長髪や髭は見苦しいものではなく、処分などは無効と判断しました。裁判所は、髪を切ること、髭を剃ることが業務を遂行する上で必要なのか否かとその命令の内容が合理的なものか否かで、処分や取扱いが有効か無効かを判断しています。

Q3企業秩序維持義務

質問する女性質問する女性

Q上司の命令が納得いかないものでも従わなければならないのですか?

回答する男性回答する男性

A労働者にとって、職場の上司の命令は必ずしも納得のいくものではないかもしれません。例えば、夕方になって「今日は残業してくれ」と突然に指示され、渋々、残業せざるを得なかったこともあるでしょう。

上司の命令には、自分としては納得のいかないものであっても、違法・著しく不当なものでない限りは従う義務があります。それは、上司の命令に従わないことがまかり通ってしまうと、職場の秩序は維持できなくなってしまうからです。 判例でも、会社は労働者に、その存立を維持し目的たる事業を円滑に運営するため、企業秩序に服することを求めることができるとされています。
国鉄札幌駅事件 最高裁三小 S54.10.30

しかし、使用者の命令の内容が違法であったり、著しく不当なものである場合には、その命令は、使用者の権利の濫用に当たるものとして、労働者は拒否することができるとされています。

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例えば、乗用車との接触事故を起こしたことを理由に炎天下に草むしりを命じた命令は違法とされた(神奈川中央交通事件 横浜地裁 H11.9.21)ものや、国労マーク入りのベルトの取り外しに応じなかった組合員に就業規則の全文の書き写しを命じた命令が違法と判断された(JR東日本本荘保線区事件 最高裁二小 H8.2.23)もの等があります。

Q4施設管理権

質問する女性質問する女性

Q終業時刻後、会社の会議室で、同僚とサッカー同好会の立ち上げを打ち合わせていたところ、即時に退社するよう命じられてしまいました。会議室を無断で使ったのが良くなかったのでしょうか?

回答する男性回答する男性

A会社の施設・設備は、会社が所有しているか、賃借しているかのいずれかであり、その利用方法を決めるのは原則会社です(賃借の場合は貸主が利用方法を一部制限する場合もあります)。労働者がその施設・設備を使うのは、労務を提供するためであり、会社の労働者であるからといって、レジャーや集会等のために会社の施設・設備を自由に使えるわけではありません。

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労働組合活動に関するものとして、鉄道会社の労働組合員が会社所有の更衣用ロッカーに要求事項等を記入したビラを会社の許可なく貼付したことを理由とする懲戒処分の当否が争われた事例の判例で、会社の労働組合員であっても、会社の施設・設備を当然に利用することができるわけではないと判断したものがあります。
国鉄札幌駅事件 最高裁三小 S54.10.30

労働者個人であっても、労働組合としての活動であったとしても、会社の廊下の壁や窓ガラスにビラを貼る、あるいは集会のために会社の会議室などを勝手に使うことは、許可しないことが権利の濫用になるという特段の事情のない限り、会社から許可を得るという手順が必要となります。

Q5安全配慮義務

質問する女性質問する女性

Q高い足場の上で作業することになりましたが、転落しないか不安です。会社に安全対策を要求できるのでしょうか?

回答する男性回答する男性

A労働契約を結んだ場合、その契約に基づき高い足場の上で作業を命じられた場合は、その命令に従う義務があります。しかし、使用者は、労働契約に付随して、労働者が働くに当たっては、安全面、衛生面、健康面に配慮して、怪我をしたり、病気にかかったりすることなどがないようにしなければならない「安全配慮義務」を負っています。
このため、上記の場合使用者は、労働者が足場から転落しないよう安全対策を講じる義務があります。

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会社で宿直していた労働者が、侵入してきた強盗に殺害されて使用者の責任が争われた事件では、「使用者は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し、又は使用者の指示の下に労務を提供する過程において、労働者の生命、及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務を負っている。」と、会社が安全配慮義務を負っていることを判示しています。
川義事件 最高裁三小 S59.4.10

Q6健康管理義務

質問する女性質問する女性

Q仕事が忙しくて体調を崩してしまいそうです。万一の場合には、会社に賠償を請求できるのですか?

回答する男性回答する男性

A働き詰めの労働者が、脳内出血や心筋梗塞を起こしたり、うつ病になったりすることがあります。仕事が原因で病気にしてしまったり、過労死するようなことはあってはならないことです。

労働基準法は、残業や休日勤務を原則としては禁止しており、36協定を締結・届出した上で残業や休日出勤させるにしても一定の上限時間が設定されています。それを超えて働かせたことなどにより、労働者が健康を害した場合には、労働者の健康を守るべき義務を怠ったとして、会社に損害賠償責任が認められることがあります。

上限時間

2019年(令和元年)4月1日に施行された改正労働基準法においては、時間外労働は、原則として月45時間、年360時間が限度時間とされました(36条4項)。
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)にはこの限度時間を超えることはできますが、その場合でも、原則として次の上限時間を超えることはできません(36条5項、6項)。

  • ① 時間外労働が年720時間以内
  • ② 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • ③ 時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1月当たり80時間以内
  • ④ 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6か月(6回)が限度

上記に違反した場合には、罰則(6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が定められています。

なお、時間外労働の上限規制については、建設の事業、自動車運転の業務、医師等については5年間の猶予措置が設けられるとともに、新技術・新商品等の研究開発業務については適用除外とされています。

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入社2年目の若手社員が過労でうつ病になり、自死した事件では、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めて、これを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う」ものとして、会社に損害賠償責任があると判示しています。
電通事件 最高裁二小 H12.3.24

さらに、過重な業務によりうつ病を発病・増悪したことに会社の責任があるかが争われた事件に関し、最高裁は、メンタルヘルス不調に陥っているとの情報は人事考課等に影響し得る事柄として、もともと自ら申告し難い情報であるとした上で、不調に陥っていることを会社が知っていたのであれば、その旨を労働者から積極的に申告されなくても、使用者は必要に応じて業務を軽減するなど配慮すべきであった旨を判示しています。
東芝(うつ病・解雇)事件 最高裁二小 H26.3.24

Q7職場環境配慮義務

質問する女性質問する女性

Q上司に、肩を揉まれる、デートに誘われるなどして困っています。どうしたらよいでしょうか?

回答する男性回答する男性

A職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けることや、性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に大きな悪影響が生じることをセクシュアルハラスメントといいます。会社は、そのようなセクシュアルハラスメントをやめさせる義務-「職場環境配慮義務」と呼ぶことがあります-を負っており、職場のセクシュアルハラスメント対策を講じる必要があります。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

セクシュアルハラスメントを受けた時は、はっきりと拒絶し、まずは、会社の相談窓口担当者や信頼できる上司に相談し、会社としての対応を求めるようにしましょう。労働組合や都道府県労働局に相談することもできます。

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裁判例では、編集業務を請負う会社の女性社員が、編集長から性的な悪口を社内外に流布された結果、職場での人間関係が壊され、精神的に傷つき退職を余儀なくされたという事案で、「使用者は、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務がある。」として、編集長と会社に賠償責任を認めています。
福岡セクシュアルハラスメント事件 福岡地裁 H4.4.16

Q8誠実勤務義務・守秘義務

質問する女性質問する女性

Qバイト先に来店した有名なタレントを撮影したものがSNSに公開され、その有名人から苦情が寄せられたことから、店長から叱られてしまいました。軽はずみだったのでしょうか?

回答する男性回答する男性

A労働者は、労務を誠実に提供する義務があります(前掲Q2参照)。例えば、会社の考え方ややり方に個人的には納得できないという「思い」を抱いていたしても、それらが違法でない限りは、会社の考え方ややり方に従って誠実に労務を提供することが必要です。

また、その「思い」を外部にみだりに公開して良いものではありません。ましてやそれが会社の経営上のノウハウや社内の人事情報・顧客の情報など会社の機密に属する事項である場合にはなおさらといえます。なお、勤務時間内はもちろん勤務時間外であっても、会社の信用を失うような言動などは誠実勤務義務に反することがあります。

職場の秘密や顧客の個人情報等をSNSに書き込む行為は、悪意はなく軽い気持ちであったとしても、その結果、会社の社会的な信用を失うものであり、労働者としての「誠実勤務義務」や顧客情報の「守秘義務」に反する許されない行為といえます。SNSへの書き込みを含め勤務時間外の私的な行為であっても、その内容や程度によっては会社による懲戒処分の対象となります。

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例えば、住居侵入罪で罰金刑2500円(当時)に処せられた従業員を懲戒解雇した事案では、「企業採算上問題とすべき有形、無形の損害が生じたとは証拠上認められないことから、懲戒事由の『会社の体面を著しく汚した』とまでは評価できない」として懲戒解雇そのものは無効とされました。
横浜ゴム事件 最高裁三小 S45.7.28

この事案では懲戒解雇そのものが無効とされたものの、それは、私的行為であるから無効とされたわけではありません。私的行為であってもその内容と程度によっては懲戒処分の対象となりうるとして、教育課程研究協議会反対活動中に公務執行妨害罪で起訴され懲役6月執行猶予2年の有罪判決が確定した労働者を懲戒解雇した事案では、「職場外の職務遂行に関係のない行為であっても、広く企業秩序維持確保のためにはこれを規制の対象とすることができる」として当該解雇処分を有効と判示しています。
国鉄中国支社事件 最高裁一小 S49.2.28

Q9職務専念義務

質問する女性質問する女性

Q勤務時間中の少し暇な時に、転職に必要な資格を取るために勉強することは許されないことでしょうか?

回答する男性回答する男性

A労働契約は、労働者が労務を提供し、使用者が賃金を支払う義務を負う双務契約であり、労働者には就業時間中職務に専念する義務があります。就業時間中に仕事とは何の関係もないことをしてしまった場合には、その時間は労務を提供したとは言えません。

なお、職務に専念する義務といっても、文字どおり、就業時間中の肉体的・精神的な活動すべてをその職務のためにのみ用いることが要求されているものではありません。職務専念義務に反しているか否かは、本来の職務の性質や内容、就業時間中に行った行為の態様など諸般の事情を勘案して、ケースバイケースで判断していくこととなります。

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職務専念義務に反したとされた具体的な判例としては、

①「ベトナム侵略反対」等と政治的色彩の強い主張が書かれたプレートを着用して勤務するなどしていた職員を、勤務時間中の注意力のすべてを職務遂行に向けていないなどとして会社がなした戒告処分が、政治活動の禁止と職務専念義務を定めた就業規則所定の懲戒事由に当たり有効と判断された事案
(目黒電々公社事件 最高裁小三 S52.12.13)、また、

②ホテルの従業員である組合員らが「要求貫徹」と記載したリボンを着用して就労したことは、職務専念義務に反し、就業時間中の組合活動にあたるとして会社がなした懲戒処分は、不当労働行為には当たらないと判断された事案
(大成観光事件 最高裁三小 S57.4.13)があります。

Q10兼業禁止義務

質問する女性質問する女性

Q給料が安いため、勤務終了後にアルバイトをしたいのですが、問題ありませんか?

回答する男性回答する男性

A勤務終了後にアルバイトをすることは、労働者にも職業選択の自由(憲法22条)があり、一律に禁止されるものではありません。勤務終了後の時間をどのように使うのかは原則として労働者の自由です。

しかし、多くの会社の就業規則は、会社が許可した場合に兼業が認められるという「兼業許可制」を定めています。「兼業許可制」を定めること自体一律に無効ではありませんが、実際に、兼業許可を求めた労働者に対して、会社が、許可しなかった場合、その理由によっては、会社が権利を濫用したものとして無効と判断される場合もあれば、本来職務の遂行に悪影響があるものとして有効と判断される場合もあります。まず、就業規則を見たり上司に尋ねるなどしてアルバイトをしてもよいか否かを確かめましょう。

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裁判例では、建設会社の女性事務員が、就業時間中に居眠りしていたことから、就業時間外にキャバレーの会計係として深夜遅くまでアルバイトしていたのが発覚し、これが兼業禁止義務に反するとして普通解雇された事案で、会社の勤務終了後の勤務時間は毎日6時間と深夜に及び、労務の誠実な提供に何らかの支障をきたすおそれが高く、事前に申し出られた場合にも許可されたとは限らないものであったことから無許可の兼業は不問に付すべきものとは言えない旨を判示して、解雇は有効としたものがあります。
小川建設事件 東京地裁 S57.11.19