労働者を働かせ過ぎていませんか?
時間外・深夜・休日に働かせた場合に割増賃金を支払っていますか?
労働時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間をいいます。この労働時間は、労働者が使用者の指揮監督の下にある時間をいい、必ずしも実際に作業に従事していることは要しません。したがって、会議が始まるまでの待機時間や途切れた資材の到着を待って作業の手を止めている時間、実際には何もしていなくてもその場を離れることができない時間など(一般に「手待ち時間」といいます。)は労働時間となります。
労働時間の長さは、週40時間以内、1日8時間以内に制限されています(労働基準法(以下「労基法」)32)。
変形労働時間
1箇月単位(労基法32の2)や1年単位(労基法32の4)などの変形労働時間制がありますが、これは法定労働時間を超える労働時間を所定労働時間とすることができる制度で、その場合は法定労働時間を超えるものであっても「残業」や「法定休日労働」ということにはならないものです。
1箇月単位は就業規則に規定するか労使協定により、1年単位は労使協定により、一定の期間の所定労働時間を平均して週40時間(特例事業場では1箇月単位の変形労働時間の場合は44時間)を超えない定めをすれば、あらかじめ特定した週、日について法定労働時間を超える所定労働時間とすることができます。
特定された週や日の時間を使用者が自由に変更できません。
労使協定はいずれも所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(H29.1.20基発0120第3号)の主な内容
使用者には、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務があり、その責務を誠実に履行しなければなりません。そこで、厚生労働省では、以下のガイドラインを定め、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置を明らかにしています。
詳しくは厚生労働省ホームページをご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
労働契約で労働義務がないとされている日のことを休日といいます。使用者は労働者に、毎週少なくとも1回、あるいは4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません(法定休日、労基法35)。
使用者が法定労働時間を超えて労働者を働かせる場合や法定休日に働かせる場合には、あらかじめ従業員の過半数代表者(過半数を組織する労働組合がある場合にはその労働組合)との間に、「時間外労働・休日労働に関する協定」を締結し、労働基準監督署長に届け出なければなりません(労基法36)。この協定は労基法第36条に規定されていることから、「36協定(サブロク協定)」と呼ばれています。
36協定締結の際の過半数代表者の選出手続き
過半数代表者は、次の点に注意し、適正に選出されなければなりません。適正に選出されていない過半数代表者と36協定を締結し、労働基準監督署長に届け出ても、その届出は無効となります。
(1) 時間外労働・休日労働を行わせるためには、労働者の過半数を代表する者(過半数を組織する労働組合がある場合にはその労働組合)との間で、書面により36協定を締結しなければなりません。
(2) 36協定は所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。(労基法36①②)
(3) 36協定において定める労働時間の延長の限度等に関しては、労基法で定められていて、その上限を超えた時間を協定することはできません(時間外労働の上限規制)。
①限度時間(労基法36③④)
時間外労働は原則として月 45 時間以内、年360 時間以内(1年単位の変形労働時間制が適用される労働者については1か月 42 時間以内、1年 320 時間以内)としなければなりません。
②限度時間を超えて労働させる場合(労基法36⑤⑥)
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)には、①の限度時間を超えて労働させることが可能ですが、その場合でも次の事項を守らなければなりません。
③時間外労働及び休日労働の限度(労基法36⑥)
36協定で定める時間数の範囲内であっても、時間外労働及び休日労働の合計の時間数については、1か月100時間未満、2~6か月平均80 時間以内としなければなりません。
(4)時間外労働上限規制の適用の猶予・除外
①上限規制の施行は、2019年(平成31年)4月1日からですが、中小企業に対しては1年間適用が猶予されていたため、2020年(令和2年)4月1日から適用されています(働き方改革関連法附則3)。
②次の事業・業務については、2024年(令和6年)3月 31 日までの間、時間外労働の上限規制の適用が猶予されています(労基法附則139~142)。
③新たな技術、商品または役務の研究開発業務については、上限規制の適用が除外されています(労基法36⑪)。
・時間外労働の上限規制わかりやすい解説
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
・36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針
https://www.mhlw.go.jp/content/000350731.pdf
時間外や深夜(原則として午後10時〜午前5時)に労働させた場合には1時間当たりの賃金の25%以上増し、法定休日に労働させた場合には1時間当たりの賃金の35%以上増しの割増賃金を支払わなければなりません。
また、1か月に60時間を超える時間外労働の割増率は、50%以上増しとなります(中小企業には2023年(令和5年)3月31日までの間は適用が猶予されています)。
割増賃金の計算方法
例1時間外労働、深夜労働の割増率
[所定労働時間が9:00から17:00、翌日5:00まで働かせた場合(休憩時間1時間)]
例2法定休日労働の割増率
[9:00から24:00まで働かせた場合(休憩時間1時間)]
例3月給制の場合の割増賃金の計算方法
月給制の場合、1時間当たりの賃金に換算してから計算します。
月給額(各種手当を含んだ合計)÷1年間における1か月平均所定労働時間数=A円
A=1時間当たりの賃金額
*この金額にそれぞれの割増率を掛け合わせて1時間当たりの残業代を計算します。
【具体例】
※次の手当は割増賃金の算定基礎から除外します。
①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金。
ただし、これらの手当は名称ではなく実質によって判断します(例えば、住宅手当の名目で、全員に一律で支払われている場合には、その一律部分は算定基礎に含めます)。
割増賃金はすべての労働者に適用されます
使用者は、派遣社員、契約社員、嘱託社員、パートタイム労働者、アルバイトにも割増賃金を支払わなければなりません。
なお、派遣社員の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金は、派遣元に支払う責任があります。
使用者は、1日の労働時間が6時間を超える場合には少なくとも45分、8時間を超える場合には少なくとも60分の休憩を勤務時間の途中で与えなければなりません(労基法34)。
休憩時間は一部の業種を除き、すべての労働者に一斉に与え、自由に利用できるようにしなければなりません。
ただし、一斉休憩の原則が適用される業種でも、労使の間で協定すれば、交替で休憩を与えることができます。
なお、労働者が休憩中でも電話や来客の対応をするように指示していれば、それは休憩時間ではなく労働時間とみなされます。
一定の要件を満たした労働者に年次有給休暇を与えることが使用者に義務付けられています(労基法39)。
年次有給休暇を付与する際には、以下のことに気をつけなければなりません。
勤務年数 | 6か月 | 1年6か月 | 2年6か月 | 3年6か月 | 4年6か月 | 5年6か月 | 6年6か月以上 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
付与日数 | 10日 | 11日 | 12日 | 14日 | 16日 | 18日 | 20日 |
〈例〉4月5日採用の場合は10月5日に10日を与え、その後、毎年10月5日に上記の表に該当する日数を与えます。給料の締切日や勤務シフトの期間とは全く関係なく、採用日から起算します。
週所定 労働日数 |
1年間の所定 労働日数 |
勤務年数 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
6か月 | 1年6か月 | 2年6か月 | 3年6か月 | 4年6か月 | 5年6か月 | 6年6か月以上 | ||
4日 | 169~ 216日 |
7日 | 8日 | 9日 | 10日 | 12日 | 13日 | 15日 |
3日 | 121~ 168日 |
5日 | 6日 | 8日 | 9日 | 10日 | 11日 | |
2日 | 73~ 120日 |
3日 | 4日 | 5日 | 6日 | 7日 | ||
1日 | 48~ 72日 |
1日 | 2日 | 3日 |
*所定労働日数が週により決まっている場合は「週所定労働日数」、それ以外の場合には「1年間の所定労働日数」で判断します。
*年の途中で労働日数の契約が変わった場合であっても、付与日時点の所定労働日数で計算します。
(6) 使用者は、年 10 日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、 そのうち5日については、基準日(継続勤務した期間を6か月経過日から1年ごとに区分した期間の初日)から1年以内の期間に、労働者ごとにその時季を定めることにより取得させなければなりません(労基法 39⑦)。
ただし、労働者自らの請求または労使協定による計画的付与により年次有給休暇を取得した日数分については、使用者が時季を定めることにより与えることを要しません(労基法39⑧)。
なお、使用者が時季を定めるに当たっては、労働者の意見を聴取することを要し、当該労働者の意見を尊重するよう努めなければなりません 。
・年5日の年次有給休暇の確実な取得わかりやすい解説
https://www.mhlw.go.jp/content/000463186.pdf
・年次有給休暇の時季指定義務
https://www.mhlw.go.jp/content/000350327.pdf
・年次有給休暇の時季指定について就業規則に記載しましょう。
https://www.mhlw.go.jp/content/000510007.pdf
・年次有給休暇の時季指定を正しく取り扱いましょう
https://www.mhlw.go.jp/content/000510008.pdf
労働時間、休日、休憩、年次有給休暇の運用や、時間外労働(深夜労働・休日労働を含む)の割増賃金の支払い等に関して法違反がある場合、労働者が労働基準監督署に申告することや、都道府県労働局の「あっせん」手続を利用することが考えられます。
このほか、労働組合を通じての交渉あるいは裁判所への提訴(労働審判・訴訟)することなども考えられます。
使用者は、こうした各機関を介した場合の対応を考えておく必要もありますが、法違反を犯している場合には、早期に是正しておくことが何よりも肝要です。
なお、どのようにして是正するかなどの相談には、労働基準監督署や総合労働相談コーナーでも応じてもらえます。
「あっせん」
「あっせん」とは、紛争当事者間の調整を行い、話し合いを促進することにより、紛争の解決を図る制度です。都道府県労働局ごとに設置されている弁護士、大学教授等の労働問題の専門家により組織された紛争調整委員会の委員の中から指名されるあっせん委員が、紛争当事者双方の主張の要点を確かめ、双方から求められた場合には、両者に対して事案に応じた具体的なあっせん案を提示します。
労働条件その他労働関係に関する事項についての個別労働紛争(募集・採用に関するものなどを除く)が、対象となります。
あっせん案に紛争当事者双方が合意した場合には、受諾されたあっせん案は、民法上の和解契約の効力をもつこととなります。なお、あっせんの手続きは非公開となっており、紛争当事者のプライバシーは保護されます。また、労働者があっせんの申請をしたことを理由に、事業主がその労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。
恒常的な長時間労働でストレスを溜め、心身の調子を崩している労働者はいませんか?
使用者には、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮」をする義務があります(労契法5)。
この安全配慮義務の具体的内容は、それが問題となる具体的状況によって異なります(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件 最三小判 S50.2.25。川義事件 最三小判 S59.4.10)。
安全配慮義務には、心身の健康を確保するための配慮も含まれています。心身の健康の側面から見た配慮義務を「健康配慮義務」と呼ぶことがあります。この配慮義務の具体的な内容は、それが問題となる状況によって異なります。
安全配慮義務違反があったことによって心身に被害が及んだ場合、労働者は、
(1) 債務不履行(安全配慮義務違反)により被った損害の賠償を請求する権利(民法415、消滅時効権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から20年)
(2) 使用者に故意過失があって被害を受けた場合には、その不法行為により被った損害の賠償を請求する権利(民法709、消滅時効損害及び加害者を知った時から5年、権利を行使することができる時から20年 )
(3) 直接、指揮命令している管理職が労働者に過重な労働をさせて労働者の心身に被害が及んだ場合も同様に、労働者はその管理職に不法行為により被った損害の賠償を請求する権利(民法709)、さらに、使用者にも使用者責任(民法715)に基づいて損害の賠償を請求する権利があります。
また、取締役など労働者に直接、指揮命令しているわけではない役員についても、現実の労働者の労働状況を認識していた、あるいは容易に認識できる立場にあった場合には、全社的に過重労働があることを知っていたのに適切な措置を取らなかったことにより、労働者に発生した健康被害について、当該取締役個人に損害賠償責任が課せられることがあります。
【概要】
新入社員である労働者A(20代男性)が、恒常的な長時間労働に従事した結果、うつ病に罹患(りかん)し自死するに至ったことから、遺族が会社に損害賠償を請求した事案。
4月に入社したAは、6月に配属されて以来、長時間労働で深夜の帰宅が続き、同年11月末ころ以降は、仕事で帰宅できない日があるようになり、翌年7月以降は、さらに業務の負担が増加した。その結果、心身共に疲労困ぱいしたことが誘因となって、遅くとも同年8月上旬頃には、うつ病に罹患し、入社1年5か月後の同月下旬、自死するに至った。
【判決要旨】
(1) Aについて、長時間労働によるうつ病の発病症の結果としての自死という連鎖が認められ、Aの業務の遂行とうつ病罹患(りかん)による自死との間には、相当因果関係がある。
(2) Aの上司らは、Aが恒常的に著しい長時間労働に従事していることや、その健康状態が悪化していることを認識しながら、帰宅して睡眠をとり、業務が終わらないのであれば、翌朝出勤して行うようになどと指示したのみで、その負担を軽減させるような措置を取らなかったことにつき過失がある。
(3) 以上より、使用者は、民法715条(使用者等の責任)に基づき、Aの死亡による損害を賠償する責任を負う。
【結果】
差戻し後の控訴審で、会社が、遺族に対し、損害賠償として多額の損害賠償金を支払うことで和解が成立しています。
【コメント】
この判決は、会社には、労働者の労働時間や業務内容が過重になっていないかどうかを配慮し、健康状態がすぐれない様子がうかがわれる場合にはその負担を軽減させるなど配慮する義務があることを示しています。
電通事件 最高裁二小判 H12.3.24【概要】
コンピューターソフトウエア開発会社の労働者B(30代男性)は、昭和54年の入社以来毎年、年間総労働時間が約3,000時間におよび、平成2年3月以降5月までの間、月間総労働時間が約270~300時間の恒常的な長時間労働に従事した結果、基礎疾患である高血圧が増悪し、高血圧性脳出血により死亡した。
【判決要旨】
(1) 会社は、雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う。
(2) 高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な困難かつ精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、義務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。
(3) 会社は、Bが入社直後から高血圧に罹患し、昭和58年ころからは心拡張も伴って相当程度増悪していたことを、定期健康診断結果で認識していたのであり、具体的な法規の有無にかかわらず、使用者として、精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなど配慮する義務を負っていた。
(4) 取引先から作業の完了が急がされているプロジェクトのリーダーとして業務に就かせている以上、裁量労働制の下にあったことをもって、安全配慮義務違反がないとすることはできない。
【結果】
控訴審で、会社が、遺族に対し、損害賠償として多額の賠償金を支払うことを命じています。
【コメント】
この判決は、高血圧が要治療状態に至っていることが明らかな労働者には、脳出血などの致命的な合併症が発生する蓋然性が高いことを考慮して、労働者から業務軽減が申し出られていなかったとしても、業務を軽減するなどを配慮すべきであると判断しています。
ただ、Bにも、高血圧で治療が必要な状態であることを知っていたこと、精密検診を受けるように指示されていたのに受診していなかったことに過失があるとして、50%の過失相殺がなされています。
【概要】
電気通信工事等を目的とする株式会社で空調衛生施設工事等の現場監督業務に従事していた労働者C(30代男性)が、恒常的な長時間労働に従事した結果、うつ病に罹患して自死した。死亡前1年間の毎月の時間外労働が123時間から176時間に及んでいたが、時間外労働及び休日労働は自己申告制となっていた。
【判決要旨】
(1) 被告会社では、自己申告制が採られていたのであるから,厚生労働省が策定した労働時間適正把握基準(平13.4.6基発第339号)に照らして、労働者に対し,労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分に説明するとともに、必要に応じて自己申告によって把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて実態調査を実施するなどし、労働者が過剰な時間外労働をすることを余儀なくされ、その健康状態が悪化することがないように注意すべき義務があったというべきである。
(2) 被告会社は、労働者に対して、労働時間の実態を勤務票に正しく記録し、適正に自己申告を行うよう指導したり、また、労働者の労働時間に関する実態調査をすることもなく、その結果、労働者の心身の健康に悪影響を与えることが明らかな極めて長時間に及ぶ時間外労働の状況を何ら是正しないで放置していたものであり、不法行為を構成する注意義務違反があったものというべきである。
【結果】
控訴審で、会社が、遺族に対し、損害賠償として多額の損害賠償金を支払うことで和解が成立しています。
【コメント】
この判決は、自己申告制を採っている場合であっても、長時間労働の実態を把握できたのにこれを放置していたことを安全配慮義務違反(注意義務違反)と判断しています。なお、本件では、過失相殺は認められませんでした。
九電工事件 福岡地裁 H21.12.2【概要】
4月に入社した労働者D(20代男性)は、7月までの4か月間、特段の繁忙期でないにもかかわらず、毎月少なくとも80時間を超え、最大約140時間の恒常的な時間外労働に従事した結果、同年8月に、急性心不全により死亡した。
【判決要旨】
(1) 急性心不全により死亡したのは、恒常的な長時間労働に起因しており、会社が安全配慮義務を尽くさなかったこととの間に相当因果関係がある。
(2) 80時間の時間外労働を基本給に組み込んだ給与体系や勤務体系を採り、36協定でも100時間の時間外労働を許容するなど、労働者の生命・健康を損なわないような体制を構築していなかった。
(3) 全社的に恒常的な長時間労働が存在していることを知っていたのに、これを抑制する措置が取られていなかったことから、「役員等の第三者に対する損害賠償責任(会社法429 ①=その職務を行うに悪意又は重大な過失があった当該役員等は、これによって生じた第三者の損害を賠償する責任を負う旨)」による役員個人の責任も認める。
【結果】
会社と会社役員が、遺族に対し、損害賠償として多額の賠償金を支払うことを命じています。
※最高裁が、上告棄却・上告申立不受理とした(最3小決 H25.9.24)ことにより、確定。
【コメント】
この判決は、直接の上司ではなくても現実に多数の従業員が長時間労働に従事していることを知っているかあるいは容易に知ることができる場合には、会社だけでなく、会社役員についてもこれを是正する義務があることを認めたものです。
使用者は、常時使用する労働者に、雇入時と雇入れ後1年以内に1回の定期健康診断を実施する義務があります。また、深夜業を含む業務に常時従事する労働者には、6か月以内に1回の特定業務従事者健康診断を実施する義務があります。
*健康診断の費用は、使用者の負担となります。
また、常時50人以上を使用する事業場では、医師、保健師等による心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)が義務付けられています(安衛法66条の10、50人未満の事業場は当分の間努力義務)。
このストレスチェックの結果、高ストレス者として面接指導が必要とされた労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を受けさせなければなりません。面接指導の結果、必要に応じて、就業場所の変更・作業の転換・労働時間の短縮・深夜業の回数の減少等就業上の措置を講じることが必要です。
なお、ストレスチェックの結果は、本人の同意を得ることなく入手することはできません。また、医師による面接指導を受けたい旨の申出を行ったことやストレスチェックの結果を使用者へ提供しないことなどを理由に、労働者に対して不利益な取扱いを行うことは禁止されています。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/
医師(産業医等)による面接指導制度は、長時間の労働により疲労が蓄積し健康障害発症のリスクが高まった労働者について、その健康の状況を把握し、これに応じて本人に対する指導を行うとともに、その結果を踏まえた措置を講じるものです。
働き方改革関連法(平成30年7月6日公布)により、労働安全衛生法が改正され、長時間労働者に対する面接指導の強化・拡充が図られました(下図参照)。
なお、このほか、週当たり40時間超の労働時間が1月 当たり100 時間を超える研究開発業務従事者(安衛法第 66 条の8の2①②、改正安衛則第 52 条の7の2)、及び週当たり40 時間超の健康管理時間が1月当たり100 時間を超える高度プロフェッショナル制度対象労働者(安衛法第 66条 の4の 2 ①②、安衛則第 52 条の 7の4)については、労働者からの申出なしに医師による面接指導を行わなければならないとされています。
常時50人以上の労働者を雇用する事業場では、労働者の健康管理のため、産業医や衛生管理者を選任し、その者に事業場での健康管理に関する仕事を行わせなければなりません(安衛法12、13)。
また、衛生委員会を設置し、長時間労働による労働者の健康障害を防止するための対策の樹立などをはじめ、健康管理について調査するあるいは話し合って進めて行かせなければなりません(安衛法18)。
【常時50人未満の労働者を雇用する事業場の場合】
長時間にわたる過重な労働の結果、脳・心臓疾患を発症または精神障害を発病した場合、労災の認定基準に該当すると労災として認定されることになります。最近では、精神障害に係る労災の決定件数及び支給決定件数はともに増加しています。
(1) 仕事が原因であるいは通勤中に、怪我をしたり疾病に罹ったりした場合には、労働者災害補償保険法に基づいて、治療費や治療のために会社を休んだ場合の給料の一部などが補償されます。労災保険は雇用保険と異なり、
①保険料は全額を事業主が負担し、
②被保険者であった期間に関係なく、補償の対象となります。
また、アルバイトなども含め雇われている人全体(役員などは除く)が対象としてなります。
(2) 労災保険からは、①療養補償給付、②休業補償給付、③障害補償給付、④遺族補償給付などが給付されます。
このうち①は、現物支給としての医療行為と医療費全額が給付され、自己負担はありません(通勤災害の場合のみ200円負担。なお、健康保険による治療の場合には3割を自己負担)、②は、療養のために休業する期間中、平均賃金の8割(休業補償給付6割+特別支給金2割)が補償されます。
(3) 各種保険金の給付は、基本的には労働者(多くの場合、会社や社会保険労務士が代行します)が指定の請求書を用いて所轄労働基準監督署に請求します。
ただし、治療費は、治療した病院が請求することとなります。
脳・心臓疾患の認定基準(H13.12.12 基発第1063号)では、労働時間と脳・心臓疾患の発症との関連性について以下のとおりの医学的知見が示されています(下図参照)。
(1) 発症前1か月間に概ね100時間を超える時間外労働が認められる場合、発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性は強いと判断される。
(2) 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、
a 1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱く、
b 1か月当たり概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると判断される。
心理的負荷による精神障害の認定基準(R5.9.1基発0901第2号)では、精神障害発病の原因となり得る、強い心理的負荷となる時間外労働時間数を、例えば
というように具体的に示しています。
1について、労使の話し合いで決着がつかない場合は、労働者側から訴訟が提起されることがあります。判例で見たように、使用者にとって厳しい判断が下される場合もあります。安全配慮義務違反となるような事態を招かないように日頃から適正な労働時間管理・健康管理に努めることが必要です。
2 ~5については、労働者は、労働基準監督署又は総合労働相談コーナーに相談することが考えられます。法違反がある場合は早期に是正するのが最も賢明な策と言えます。なお、是正のための相談についても、労働基準監督署で受け付けています。